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山城を偲ぶ石垣

高取城散策記 三大山城

日本三大山城の一つ・高取城。その中で最も高く標高五百八十三メートル。
吉野山系の急峻な山頂に築かれた山城。
現存する石垣を、どうしても見たくて・・訪れてきたのです。


大和平野と吉野を結ぶ土佐海道。
高取藩の城下町として、壺坂寺の参詣道として栄えたとか。

山城・高取城は、その壺坂寺から山道を登ります。
この日は、滋賀県立大学教授が探訪のナビゲータをしてくださったのです。
少し長歩き。ご一緒に偲びましょう、山城を。

散策記 壺坂寺

正式名称は京都清水寺の北法華寺に対し、南法華寺とというそうです。
浄瑠璃などの「壺坂霊験記」の舞台になったお寺。
でもね・・・お寺に毎夜お百度参りをしたという、お里さん
夜中に、こんな山の上のお寺に?街灯だってないのにですよ!

(舞台は壺坂寺ですが、実際は街道沿いの信楽寺へのお百度参り。
お里沢一のお墓もここにあります)

お寺の横道からの山道を登ります。

散策記 高取城への山道

紅葉が散り落ちたこの時期のが、石垣がより良く見えるととはいえ・・・
山道に積もった枯れ落ち葉が急で、所により狭い道を歩きにくく。
教授は背が高く大柄な男性。歩くの、早過ぎです!!
私は、途中で何度も足を止め呼吸の調整をしたのですが
60代後半ぐらいの男性方がスタスタと。 く、悔しいです!が
木々の間から垣間見える石垣に力を得て、あー凄い!!

壮大です!! 苔むした高い石垣を見上げた時に
累々と築かれ広がる石垣の空間に立った時に、
感動!いえ、それ以上の感慨を与えてもらえました。

山城の石垣 散策記

天守閣の石垣 山城散策記

この山城は南北朝時代に築かれた可能性が高く、
城内には二十七に上る櫓が構えられた巨大な山城だったのですね。
高取城が最終的に完成をしたのは慶長年間だったとか。

山城の石垣 散策記

散策記 山城の石垣

高取城の本丸写真

本丸跡 山城散策記

本丸は二段に構えられ、天守曲輪や三層三階の天守に山荘の小天守が。
山城内には家臣が屋敷を構えて居住していたこともあり
数多くの井戸の跡がありましたよ。本丸にも井戸が掘られていて、
ここは覗きこんだら、今も清水が湧いていました。

本丸からの眺望

本丸跡からの眺望は、視界良好!! 広がりさ十二分!!

教授ときたら、完全なる「お城フェチ」なのですね
日本の城郭のみならず、世界の城を巡ってきているそうです
ここ高取城を初めて訪れ石垣の雄大さに虜になったのが15歳の時だとか。
それから何百回となく山を登り訪れているのですって。
なのでね、お城以外には全く興味を示さないの!
この眺望にも、無関心!! ただただ・・・石垣にウットリの様子。

本当は、もっと色々と伺ったり説明をしていただいたりしたのです。
でも私は、この雰囲気に浸るだけで・・・・
上手に解説はできませんので、たっぷり写真をご覧になって。

高取城 石垣

山城 石垣

二の丸の東側の水掘。西側は堀切。
山城での水堀があるのは、高取城だけだそうです。
防御施設であり、飲用水の確保でもあったようです。
静かな水面に映る木々は、美しくもあり切なくも。
水掘りへは崖を下って行くのですが
その坂道には無数の瓦や装飾的瓦が散らばっているのです
朽ちていった城郭や屋敷の残骸だとか・・・

高取城 用水

散策記 猿石

元禄年間に明日香村で発掘された猿石。運ばれてきたのは謎ですって。

帰りの道もアップダウンがあり、かなりの傾斜度。
こちら側から登ってこなかったことが、ありがたい!!
壺阪山駅へと向かう街道の途中の街道の民家に
明治初年に移築された高取城の火薬櫓が。これが残る唯一の建物。

散策記 城からの帰り道

移築の火薬庫

散策記 高取城の城下

高取って「くすりの町」として発展をしてきたのだとか・・・・知りませんでした!

もっともっと史的な内容(教授伝授の)ができたら良かったのですが
私には風を感じ、一歩一歩進んで登った山道や
目の前に現れた聳えるような石垣に圧倒された思いや
時間の流れを重ねてきた石垣の山城祉の空間に立てたこと。

行けて良かった! そんな思いで満たされた時間でした。

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